熊本地方裁判所玉名支部 昭和47年(モ)3号 決定 1972年2月03日
申立人(仮処分債務者) 内村健一
右訴訟代理人弁護士 三原道也
被申立人(仮処分債権者) 有限会社ホテル一龍閣
右代表者代表取締役 高橋秀夫
右訴訟代理人弁護士 三角秀一
主文
申立人の本件申立を却下する。
訴訟費用は申立人の負担とする。
理由
一、本件申立理由の要旨
申立人は、同人を被申請人(仮処分債務者)、被申立人を申請人(仮処分債権者)とする当裁判所昭和四五年(ヨ)第二五号温泉利用禁止等仮処分申請事件につき同年一二月二八日右仮処分決定がなされたところ、被申立人は未だに本案の訴を提起しないので、同人に対し裁判所において相当と認める期間内に本案訴訟を提起すべきことを命ぜられたい旨申立てた。
二、当裁判所の判断
よって審按するに、申立人申立のごとく、被申立人が申請人(仮処分債権者)として、当裁判所宛、申立人を被申請人(仮処分債務者)とする温泉利用禁止等の仮処分申請をなし、昭和四五年一二月二八日当裁判所において右仮処分決定がなされたこと並びに同仮処分債権者である被申立人がその後本案の訴を提起することなく今日に至っておること等の事実は、当裁判所に顕著な事実である。
しかし、右仮処分決定に対し、申立人(仮処分債務者)から当裁判所に対し同四六年一月七日異議の申立がなされるとともに、特別事情による取消の申立(当裁判所同年(モ)第四号)もなされていたところ、当裁判所は後者につき同月一九日右特別事情の存在を認め、申立人において金一〇万円の保証を立てることを条件として右仮処分決定を取消す旨の判決を言渡し、右判決に対し被申立人(仮処分債権者)から控訴がなされたが、同年八月三一日福岡高等裁判所において控訴棄却の判決言渡があり同判決は同年九月一七日確定したこと並びに申立人が当裁判所の前記判決言渡即日金一〇万円の保証を立てた(供託した)こと等の事実も、また当裁判所に顕著な事実に属する。
そうであるとすれば、該仮処分決定は完全に失効し、も早や取消の対象となる仮処分決定は存しないことに帰したものといわねばならない。
ところで、仮処分債務者に、発令裁判所に対する起訴命令の申立権が認められている趣旨は、仮処分債権者が仮処分制度を濫用したり、もしくは同処分を軽卒に申立てることを抑止するという目的も存するが、直接的には本案の審理が行われずに仮処分が存続することによる同債務者の不利益や浮動的状態を除去することにあるものであるから、仮処分が取消され失効した場合においては仮処分債務者はも早や起訴命令を申立てる利益ないし必要性がないものといわなければならない。
尤も、本件の場合においては、特別事情があるものとして保証を立てることを条件に該仮処分決定が取消されたもので、無担保取消の場合とは異なるので、かかる場合には該保証は債権者の求めた仮処分の目的物に代わるものであるとし(昭和二六・二・六大阪高判、下民集二・二・一三六並びに同判決の引用する昭和七・七・二六大審院決定、谷井辰蔵「仮差押及び仮処分手続」四三一頁等参照)、したがって仮処分は引続き存在すると同視しうるものとなす見解(前掲谷井書)も存するが、当裁判所としては右保証は、当該仮処分決定が取消されることによって仮処分債権者の被むるべき損害に対する担保であって(菊井・村松「仮差押・仮処分」三七四頁参照)、仮差押解放のための供託金のごとく執行の目的物の提供とは異なるものであり、該立保証により仮処分決定そのものの取消を得させるものであると解するので、本件の場合既に前記仮処分決定は完全に失効したものと考える。
ただ、然りとすれば、無担保取消の場合と異なり、立てられた保証が何時までもペンデングの状態で残るという不都合を免れないので、申立人主張のごとく起訴命令申立権による救済という発想も生まれてくるのであるが、前叙のごとく右申立権が仮処分決定の存続を前提とするものであり、右前提となる仮処分が失効した以上は、右申立権を認める余地は存しないものというほかない。
しかして、かかる場合仮処分債務者としては自ら本案の提起、本件の場合は立保証の基礎となった温泉動力装置一式の所有権が申立人に存する旨の所有権確認もしくは同所有権が被申立人に存しない旨の所有権不存在確認の訴訟を提起し同訴訟に勝訴したうえ、担保の取戻しを受けるほかないわけで、ときには過当な挙証責任も負わなければならないという不合理が存するのであるが、前記純理上已むを得ないものといわねばならない。
三、結語
以上によると、申立人の本件起訴命令の申立は、不適法というべきであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用のうえ、主文のとおり決定する。
(裁判官 石川晴雄)